生物学者【福岡伸一】とヨガと動的平衡

福岡伸一先生とは?

なぜ、福岡伸一先生がヨガ雑誌に? の前に、福岡伸一先生って誰? という人も多いはず。そこで、まずは、福岡伸一先生を紹介しよう。福岡伸一先生とは、誰か? ご本人の公式サイトには、こうある。

福岡伸一
生物学者・作家。1959年東京生まれ。京都大学卒および同大学院博士課程修了。ハーバード大学研修員、京都大学助教授などを経て、現在、青山学院大学教授・米国ロックフェラー大学客員教授。

サントリー学芸賞を受賞し、87万部のロングセラーとなった『生物と無生物のあいだ』、『動的平衡』シリーズなど、“生命とは何か”を動的平衡論から問い直した著作を数多く発表。

また、大のフェルメール好きとしても知られ、全世界に散らばるフェルメールの全作品を巡った旅の紀行『フェルメール 光の王国』、『フェルメール 隠された次元』、最新のデジタル技術によってリクリエイト(再創作)したフェルメール全作品を展示する「フェルメール・センター」の監修および館長を務めた。

以上、「福岡伸一公式サイト」プロフィールより抜粋。

最近では、2025年4月開催の大阪万博のパビリオンプロデュースの他、同時期には、漫画家の手塚治虫が描いた『火の鳥』をテーマにした展示会、「火の鳥展」の企画・プロデュースも行っている(東京・六本木)。著書は数多く、さまざまな分野の研究者や著名人との対談集、共著もあり、他分野との交流も深い。科学はもちろん、文学、アート、音楽、哲学など幅広い分野に造詣が深く、好奇心旺盛、マルチな才能を発揮し、八面六臂の活躍をしている。

そんな福岡先生だが、ヨガとのつながりはこれまでなかった。それなのに、なぜ、[The yogis magazine]で連載インタビューのページがあるのか? それには、先生が提唱する「動的平衡」がキーワードとなる。

「動的平衡」というヨガ

「動的平衡」(どうてきへいこう)について、福岡先生は、[The yogis magazine]Vol.1のインタビューでこう答えている。

「生命とは何か? と聞かれたら、私は『動的平衡』だという風に定義しています。動的平衡はたえず動きながらーーそれは運動しているというだけでなく、代謝しているという意味でもあるし、分解と合成がたえず行われている、そういう状態が全体にバランスしているのが動的平衡です。

実は私達の細胞や細胞の中身はたえず入れ替わっている。爪が伸びる、髪の毛が生え替わるのは体感できる交替ですが、全身のあらゆる細胞はものすごいスピードで入れ替わっていて、例えば消化管の細胞は2〜3日。体の中で一番早く交換されています。だからウンチの主成分は食べかすではなくて、自分自身の細胞なんです。(中略)こういう風に常に交換されているのが動的平衡で、それが全体のバランスを取っているのが生命体。心も体も動的な平衡の中にあると捉えています」

動的平衡とは、常に入れ替わりながらも、同じ状態を保っていること。細胞は全部入れ変わっているのに、心も体も「自分」は自分のままであるという状態のことだ。そこで、福岡先生の著書には「お変わりありませんか? というが、実はお変わりありまくりなのである」というフレーズがしばしば出てくる。

これは、人間や生物に限らずこの世のあらゆるもの、ことに対していうことができ、つまり私達は一時たりとも同じ存在ではないということなのだ。Vol.8のインタビューでは記憶さえも変化していて、思い出すたびに更新されているという話もしている。

これを私達が読めば「ヨガだよね、それ」となる。たえず変化しながら、変わらないものがある。ヨガでは変わらないものは真我(プルシャ)という哲学になるが、動的平衡はほぼ同じことを科学的な視点で話しているのではないか…。そういうことから、先生に話を聞きたいと依頼をした。

科学という哲学、哲学という科学

福岡先生のおもしろさは、科学をベースにした哲学を語っているところだ。科学という事実をフカボリしていくと、こういう本質が現れると話していることが多い。逆に、哲学書を科学の視点で読み解いた本なども出している。そして、その見方は科学にとどまらずアートや音楽など、すべてに適用される。

それなら、ヨガでテーマにするような哲学を、福岡先生の視点から話してもらえたら面白いのはもとより、ヨガの哲学が理解しやすくなるのではないか。新しい視点でヨガの哲学と向き合えるようになるし、科学というエビデンスで、遠巻きにだが、ヨガを補完できるのではないかと思ったのだ。

最初の時、福岡先生は「ヨガを知らないし…」とこの話を受けるべきなのか迷ったようだ。しかし、「生命の話ならできる」と受けてくれた。「ヨガとは生きることで、私達はどう生きるかをヨガを通じて考えていくことをテーマにしています」という話が、先生の大きな器の中に何とかひっかかった。

ヨガを科学で解釈する

少し、先生の言葉からヨガにつながる話を引き出してみよう。

「思い悩んだら、他の生物の生き方、在り方を見習うべきだと思います。自然の流れの中で生と死を流しながら生きている。人間もその一員ですから、本来は今を生きるのが生命の在り方」(Vol.1)

「私のホームページにある動的平衡のイメージ図は、環境にあるさまざまな粒子、酸素や二酸化炭素、エネルギー、熱、食べ物のさまざまな分子や原子が体の中に流れ込んで、私という形を作っているというイメージを表しています」(Vol.4)

「過去と未来という概念は、人間以外の生物には存在しません。あらゆる生物は今を生きているからです。人間は過去にこだわったり、未来に対して恐れを抱いたりしますが、過去と未来はロゴス(*)の産物です。今を生きることを大切にするヨガの考え方は、私なりに分析すると、過去と未来の言葉の呪縛から逃れることができる、一つの方法なのではないでしょうか」(*ロゴスとは言葉、概念という意味。Vol.6)

ヨガも動的平衡に変化していく

常にあらゆるものが変化している。私達の心も体も考え方も記憶も何もかも。ヨガというメソッドもそうだ。ヨガのゴールは「幸せになること」。では、その幸せとは?

ヨガの説く哲学は普遍的だが、時代時代で解釈は変わっていく。時には是だったものが否になることもあるかもしいない。しかし、科学という視点が組み合わさった時、そこに一つの解が生まれる。その面白さと、哲学という深い思索的なものが一つに収まり消化されている福岡先生。[The yogis magazine]というフィルターを通りながら、ヨガと生物学が融合していくインタビューは、生命の神秘と真実に触れる貴重な掛け算ではないだろうか。

 

連載/生物学者 福岡伸一先生に編集部が聞く「命とは何ですか?」

Vol.1「命とはたえず入れ替わる“動的平衡”です」

生物学者として「動的平衡」という考え方を世に提唱している福岡伸一先生。「命とはひとつながりのもの」と語る福岡先生へ、さまざまな切り口から、命や生きることについて編集部が素朴な疑問をぶつけていく連載。動的平衡とはまさにヨガだった! ということがわかる第1回目。

Vol.2「言葉(ロゴス)と肉体(ピュシス)」

連載第2回目は言葉、あるいは概念がもたらす、さまざまな影響について聞いてみた。言葉は人を人たらしめているもの。しかし、それによって自然と離れてしまう。私達は便利なツールとどうつき合っていけばいいのだろうか?

Vol.3「AIと自分らしさ」

生命と真逆な位置にあるように見えるが、近ごろはなくてはならなくなっているAI。生命とAIの違いから始めたインタビューも、話は深まり、自分らしさとは何なのか、という問いに。福岡先生自身の“生きる哲学”についても話は及ぶ。

Vol.4「呼吸を巡る話」

生命になくてはならない呼吸。生命のリズムを刻み、生きている実感を与えるものだ。今回は、生物学者でありアートに造詣が深い福岡先生ならではの視点から、さまざまな“呼吸”について話してもらった。ヨガの呼吸についての観点も興味深い。すべてのヨギス必読!

Vol.5「自立ということ」

生物は生きていくために自立する。人間はどうだろう? 経済的な自立はさておき、体は? 心は? 独り立ちするとはどういうこと? 本当の自立って何だろう? と聞き始めたら、実は人間は生まれたその日から、大ジャンプのような自立をしていた!

Vol.6「変わるということ」

人はたえず変化し続ける存在にもかかわらず、いつも変わりたくないと思っている。一方で変わることを熱望する人もいる。なぜそういう思いが生まれてくるのか。そして、変化に対して自由でいるためにはどうしたらいいのか?

Vol.7「健康とは何だ?」

福岡先生の提唱する「動的平衡」から見ると、健康や不健康、病気はどう捉えられるのか。自分への固執、スピリチュアル、癌など、さまざまな話に対しての福岡先生の一つひとつの話が、読み進むにつれ、自分の中で深化していく。

Vol.8「役割について」

人には生まれ持った役割があるとヨガはいう。では生物学的にはどうなのだろうか? 福岡伸一先生によると、生まれたての細胞は役割が決まっていず、コミュニケーションによって、その関係性から自分の役割を決めるという。細胞が何の臓器になるかは話し合い次第…。そこから私達の生き方のヒントを探る。

Vol.9「ゆだねるとは?」

手放し、ゆだねる。ヨガではおなじみのフレーズだが、生物の世界でもゆだねるのは自然のことわり。今回は「ゆだねる」をテーマに話を聞いた。今、一生懸命生きる意味とは? そして経験や知識、知恵の次世代へのリレー。死の意味から深めていった時、ヨガの哲学の真理が少し、生物学の世界から垣間見えてきた。

 

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