編集長エッセイ「ヨガとボクと」 第一回 初めてのヨガ

出版社に就職して3年目が過ぎようとしていた少し寒い2003年の11月初旬の朝だった。
会社に入る前からずっと夜型で、早朝から動き出すことは苦手な僕が、編集者になってからさらに朝から動くことは苦手になっていた。
その前の夜中は、翌朝行くヨガのレッスンに対して、少し興奮して眠れず、そんな中でさらにヨガのビデオを観て予習をしていた。この日は2度目のレッスン。
1週間前のこの日、僕は初めてヨガをした。その当時、僕はベリーダンスが好きで、週末はベリーダンスのショーに誘われていくことも多く、ダンサーの友達も増えていた。彼女たちはボディワークなどにも興味があり、ヨガの経験者も多く、いいスタジオやいい先生を知っていた。そんな彼女たちのおすすめヨガスタジオが、僕が住んでいた中央線の阿佐ヶ谷の隣にあたる荻窪にあるアシュタンガヨガのスタジオ「インターナショナルヨガセンター(IYC)」だった。当時まだインターネットはそれなりに普及していたが、正直まだまだ。でもこのヨガスタジオはきちんとホームぺージがあり、きちんと情報を得られた。
荻窪の駅の裏の道を入っていくとすぐにそのヨガスタジオが入っている雑居ビルがあった。地下にベジタリアンも食べられる美味しいインドカレーのお店「Nataraji(ナタラジ)」があり、そしてフィリピンパブが入っていた。ビルの階段には告知版ががあり、そこにヨガの情報も書かれていた。ヨガスタジオの情報も英語混じり。フィリピンの女性の顔写真が貼られていたりしたそのビルに入り込むと、荻窪の混沌という宇宙に迷い込んだかのような気分になる。世界の匂いを詰め込んだら、いい匂いとか臭いとかじゃなくて、こんな匂いになるんじゃないかな、「世界文化の香り」がする荻窪のカオスなビルとでも言おうかな。
次元がズレたような少し不思議な感覚に陥りながら、最上階である4Fにヨガスタジオの扉を開けた。すでに5分遅刻。最低なスタートだなと思ったけど、この日のレッスンを逃すわけにいかなかった。
ちょっとコワモテの男の先生がいて、日本語でも英語でもない言葉を放っている。それだけで、異国間高くて、ある意味、「ヨガの世界に突入!」という感じがして、嬉しくなった。後で知ることになったのだが、この先生がケン・ハラクマ氏で、自分が受けたレッスンはアシュタンガヨガのベーシッククラス。日本語でも英語でもない言葉の正体はサンスクリット語での呼吸のカウントと英語でのインヘール(吸う)とエクセール(吐く)という呼吸のガイドだった。 遅れてきて、サッカーウエアに着替えて、そこそこ満員のクラスの人と人の間に入る。前後左右の女性が気にかけてくれ、自分のスペースができた。そこで人生初のヨガ体験が始まった。

どんな呼吸をすればいいいのか、どんなポーズをするのか全く分からず、遅れてきた自分にはもちろんクラスやヨガの説明もなかったので、とにかく周囲の動きを真似して、なんとかやれることをしようと思った。その当時、自分は28歳。それまでサッカーを始め多くのスポーツをしてきたし、その当時はサッカーも東京都の社会人リーグでプレーしていたから、体力や運動神経にはそこそこ自信があった。しかしその自信はすぐに崩れた。まずは柔軟性という点でついていけない。それ、どうなっているの?って思うポーズがたくさん出てくる。そしてすぐに次のポーズへ。またポーズとポーズの間には、チャトランガ(腕立て伏せの姿勢)が入り、ドッグポーズが入り、そこで呼吸したり、しなかったり。そのチャトランガの連続とドッグポーズでの呼吸の連続でヘロヘロに。スリムで筋肉もそれほどなさそうな周囲の女性たちはそれらを平然にこなし、どんどん僕を置いていく。そういう90分だった。そんな僕を見かねてか、ケン先生はシークエンスの途中でそばに来てくれて、僕のお腹に少し触れながら、小さな声で「鼻から吸って、鼻から吐く。お腹はずっと引っ込めたまま」と教えてくれた。

その後、できるポーズだけなんとかやって、シャバーサナ(尸のポーズ)に。「ライ ダウン」。おーようやくかーと思い、レンタルヨガマットの上に横たわり、疲れ果てた体を感じ、マットの上で横になることがこんなに気持ちのいいものなのかと感じた。
クラスが終了し、小さな男性更衣室でわずかな参加者である男性
たちが話しかけてくれた。「初めてですか?きつかったでしょー。この後食事でもどうですか?」とランチに誘ってくれた。
2、3人の男性と4名ぐらいの女性で、ビルの地下にあったインドカレー屋さんのランチに行くことになった。ヨガの後に食べるインドカレーのうまさは、これまで食べた何物にも変えがたく、体と精神に染み渡るようだった。この感覚は今でも思い出せる。
ヨガ後のカレーを堪能しながら、一緒にランチした人達に、自分が出版社の編集者であることと、今後ヨガの雑誌の企画をしていることを打ち明けた。「へー」という感じだったり、「ガンバッテね」的な感じだったり、「ケンさん、協力してくれるかな?」的な反応だったり。ヨガ初体験で、その当時日本ではヨガの雑誌などはなく、まだ若い20代後半の若者編集者。どこまでの情熱で、どんな雑誌を作るのか、まったくわかっていない。そういう僕だったから、みんなのその反応も当然。
僕としては、ヨガというものを体験し、ヨガマスターと言われる人のクラスも受けて、生徒として少し話せた。さらにヨガ後のヨガフリーク達との食事会も参加。ヨガの人たちとコミュニケーションを取れた。それだけで十分な収穫だった。
朝から動き出し、体と呼吸を整えるヨガを習いに行く。そしてヨガのポーズの後のシャバーサナとクラス後のカレー。
これが本当に最高のセットで、仕事のリサーチではあったが、病みつきになった。編集者という仕事は、何かにハマる仕事。そして自分が作る媒体にハマって、ライフスタイルやファッションまで変わってしまう生き物。しかしそれが編集者にとっては幸せな状態。だから昼夜問わず仕事ができる特殊な種族。
僕は完全にヨガにハマった。
老朽化が進んだそのビルは10年ほど前に取り壊しとなった。もう、あの場所はない。あの香りももう嗅げない。今思うと、僕はあの空間や匂い、仲間、時間といったもの全てにハマったのだと思う。
(追伸)
次回は、2回目。呼吸と瞑想クラスから、アシュタンガベーシック。ヨガ後、何かが起こり始めた。。。
文=橋村伸也(はしむら・のぶや)
Profile
雑誌編集者、文化編集者。『The yogis magazine』編集長。株式会社Lotus8代表取締役。英国留学後、世界40カ国以上を旅し、帰国後に出版の道へ。2004年、日本初のヨガ専門誌『Yogini』を創刊企画し、編集長として媒体を牽引(2022年休刊)。その後、『The yogis magazine』を自社で創刊し、現在に至る。ヨガ、フィットネス、禅、スピリチュアル、自然療法を軸に、雑誌・ウェブの編集をはじめ、スタジオ運営、アパレル、商品開発、イベント、企業のブランディングやコンサルティングまで幅広く手がける。NHK『グッと!スポーツ』ヨガ企画の構成にも携わり、自身も出演。現在は、編集・経営と並行し、写真や文章を通して自身の視点を発信している。
Instagram:@nobuya_hashimura