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世界中の人々に愛されるホセ・ムヒカの人生と崇高なスピリット

2016年4月に初来日し、話題となったホセ・ムヒカ氏。書籍や映画をきっかけに彼を知ったという人もいるかもしれない。「世界一貧しい大統領」という愛称で表現される彼の生き様とは?

 

今回は彼の哲学や歩んできた人生について触れていく。彼の“ヨガ”な言葉や人柄に触れると、心の底から込み上げるものがあるだろう。

 

長い投獄生活の末にたどり着いた精神

 

2016年4月、日本を訪れた南米ウルグアイの前大統領、ホセ・ムヒカ氏は、記者会見の初めにこう語った。「まもなく81歳になる私が、26時間も長旅をしてやって来たのは、観光したいわけではなく、日本に学びたいと思ったからです」。

 

彼は広島への訪問を熱望し、実際に訪れた。広島平和記念資料館を見学した後、「歴史は、人間が同じ石でつまずく唯一の動物と教えている。私たちはそれを学んだだろうか」(「毎日新聞」より)などと記帳している。

 

ムヒカ氏が世界的に有名になったのは、2012年にブラジル・リオデジャネイロで開かれた国連会議でのこと。「貧乏な人とは、無限の欲があり、いくらあっても満足しない人のことだ」とグローバル経済や大量消費社会を批判したスピーチが反響を呼んだ。

 

それは、強い意志と信念を持って世界に訴えた彼の言葉に、私達の根底にある魂が共鳴し、震わされたからだろう。

 

優しい笑顔やまなざしとは裏腹に、彼自身は実にハードな半生を歩んでいる。貧困家庭に生まれたムヒカ氏は、幼いころからパン屋や花屋などで働き、10代から格差のない社会を夢見て政治活動を始めた。

 

そして当時の独裁政権に反抗する組織に加わって左翼のゲリラ活動を行い、4回も投獄された。しかも、4度目は銃弾を受けて一命を取りとめた後で、その投獄生活は13年間に渡っている。独房には換気扇やトイレなどが何もなく、床を這うアリに話しかける日々。

 

水分補給が足りず、尿を飲んでしのいだこともあった。精神錯乱状態になり、幻覚や幻聴に苦しめられて病院へ運ばれたこともあったという。

 

そんな中、7年間禁止されていた読書が許されたことを機に、さまざまな書籍に触れ「人間とは何か」を問うようになる。彼が行き着いた結論は「人間は孤独では生きられない社会的な生き物で、時とともにエゴイストになる」ことだった。人間の持つ弱さや悪の側面を受け入れたのだ。

 

1985年、出獄の数日後に行った演説で彼が説いたのは、過去を乗り越えることの重要性だった。かつてイデオロギーで世の中を変えようと考えていたムヒカ氏は、ついに人間性に寄り添う精神を得たのだ。

 

「世界一貧しい大統領」の誕生

その後民衆の支持を受け、大統領への階段を上がっていく。大統領公邸には住まずに郊外の農場に住み、ムダ遣いをせずに給料の大半を寄付する。ホームレスの男性にお金を与えたり、ヒッチハイクしようとしていた見知らぬ人を自分の車に乗せるなど、任期中の彼の言動は度々話題になった。

 

そんな暮らしぶりから親しみを込めて「世界一貧しい大統領」と呼ばれるようになった。ムヒカ氏は、著書で「わたしは、自分を貧しいとは思っていない。いまあるもので満足しているだけなんだ。わたしが質素でいるのは、自由でいたいからなんだ」(『世界でいちばん貧しい大統領からきみへ』より)と語っている。

 

このような彼の“足るを知る”姿勢は、『ヨーガスートラ』の「ニヤマ」にも共通している。激動の人生における経験と洞察から発されているムヒカ氏の言葉や信念。私達は同じ経験はできなくても、それらに共鳴する同じスピリットを持っている。

 

ヨガの実践は、そのスピリットを磨き、彼のような精神性に近づく手助けになるだろう。アーサナももちろんだが、その根底にあるヤマ、ニヤマを大切に毎日を暮らしたい。

 

Profile=José Alberto Mujica Cordano

ホセ・アルベルト・ムヒカ・コルダノ

政治家。1935年生まれ。1960年代に非合法政治組織に加わる。ゲリラ活動に従事するが逮捕され、過酷な獄中生活を送る。出獄後再び政治活動を始め、1995年に初当選。2005年に初入閣。2010年から2015年までウルグアイ東方共和国大統領を務める

 

 

写真=GettyImages 株式会社KADOKAWA/株式会社汐文社

文=Yogini編集部