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シャヴァーサナ ヨガを締めくくる究極のポーズ

『屍』になりきるポーズ

 

シャヴァーサナを直訳すると「屍(死体)のポーズ」。『ハタヨガの真髄」には、シャヴァは死体という意味で「このポーズの目的ナ死体をまねること」と書かれている。心も体も動かさないで、死んだような状態で、完全にリラックスしているポーズのこと。ただし、単なるクールダウンではなくて、これもポーズそのもの。だから、他のポーズと同じように、心身に起こっていることを、まったく動かないながらも内観するのが目的だ。シャヴァーサナの前まではアクティブだった体の動きを止めると、体には何が起こり、心はどうなるのか。寝るのではなくて内観し感じる。こんな時間は日常にないからこそ、大きな価値がある。全身の力を抜いて横たわり深くくつろいだ状態へ導くことで、より細かい変化に気づける能力を高めていく。心身をリフレッシュさせることも目的の一つだ。さらに、体や心を見つめているうちに、自分自身の生命や自然、宇宙の法則などに気づいていくことができる。自分が大きな自然の営みの仲野一部であることに気づくことこそ、究極の目的だ。

 

眠ってしまうのは疲れている証拠

 

シャヴァーサナを、ポーズから解放されて気持ちよく休む時間と捉えている人も多いかもしれない。いびきをかいている人も少なくないだろう。もし、シャヴァーサナで寝てしまうなら、それは疲れていたり睡眠不足である証拠。睡眠時間や質の見直しが必要だ。体が硬い人は、動いたことで緩み副交感神経が一気に優位になり、眠くなってしまいやすい。しかし、シャヴァーサナが深まり、本当の意味で体の力が抜けると、脳が安らぎ、意識は覚醒する体はリラックスしきっているものの、頭の中は気持ちよく冴えているだろう。

一方で、横たわってもうまく力が抜けない人も少なくない。体が硬い、ゆがみがある、コリが酷いなど普段からためている不調がある人や、「力を抜かないと」という気持ちが強い人などだ。前者はしっかりポーズを行い、シャヴァーサナではブロックやブランケットなどでサポートすることで、力を抜きやすくなる。後者は「重力にまかせよう」という気持ちが大事。頭で体をコントロールするのではなく、体がおもむくままにまかせるのだ。また、いったん全身に力を入れると脱力しやすくなる。
 


 

シャヴァーサナはいつ行ってもいい

 

シャヴァーサナも一つのポーズなので、クラスの終わりだけに行うと決まっているわけではない。心身をリラックスさせ、瞑想状態に入っていきやすいということを考えるなら、いつでも行っていいだろう。特に一日忙しく過ごしているのであれば、どんなタイミングでもいいので、日々取り入れていくといいだろう。そうすることで、はやりすぎた心を落ち着かせ、体の疲れを取り除き、めまぐるしく動く頭の中を静かにさせることができる。激しく消耗しがちなエネルギーをチャージし、パワーアップする時間になるだろう。

十分にリラックスした後、シャヴァーサナから目覚めるのはもったいない感じになるのではないだろうか? そんな時、気持ちよく起きるには、まずゆったりと呼吸を深めていく。心と体の奥深くまでシーンと静まっていることを感じる。その後、急がすあわてず、ゆっくりと体の末端から動かしていく。体の感覚を起こし、意識を体に取り戻す。シャヴァーサナから起き上がる時も、心身の静けさをおかさないように、一度横向きになってから手を床に置いて、最小限の力で起き上がる。起き上がったらひと息ついて、新しい自分を始めよう。

 

自律神経から見たシャヴァーサナ

 

「シャヴァーサナのないヨガはヨガじゃない」と語るのは、耳鼻咽喉科の医師でありヨガインストラクターである石井正則先生。『ヨーガスートラ』の「ヨガは心の作用を止滅する」という言葉を、石井先生は「ヨガは心の揺らぎを安定化させる」と言い換える。「その”心の揺らぎを安定化させる”源になるのがシャヴァーサナ。シャヴァーサナは一つの瞑想ですから」。

現代人の自律神経は、常に交感神経が緊張しているほうに傾き、望ましくない状態だ。自律神経をリセットし、副交感神経の状態に持っていきたい。石井先生よれば「シャヴァーサナをやる前後で副交感神経の働きはまったく違う」。だから、私達にとってシャヴァーサナは「超重要」なのだ。

交感神経をリセットするには、一度興奮させてから緩めることが必要。ヨガのクラスではポーズにより筋肉や関節を動かし、呼吸の吸う・吐くを常に意識し、インストラクターに注意を向けることで交感神経が興奮。呼吸を意識しながらポーズを取ることで、自律神経をコントロールしている。ピークのポーズの後、緩めるポーズを行い、最後にシャヴァーサナをすると副交感神経の機能が上がる。ヨガのレッスン後に感じるスッキリ感の原因は、自律神経のバランスが取れるからなのだ。

「僕はポーズをやる時間の一割、シャヴァーサナが必要だと思っています。ポーズが60分なら6分、90分なら9分。最近は最低でも10分という先生もいます。学術的な根拠はないけれど、確かにある程度長いほど、自律神経が安定するのは間違いない。3分ではさすがに短いですね」(石井先生)

 

仰向けで横たわるにも意味がある

 

仰向けは人間が最もリラックスできる姿勢。これは、シャヴァーサナに向いているのだろうか? 「医学的には、姿勢は何も意識しないで緊張を解き、まったく負担のないポーズを取ればいいだけです。関節や体が曲がらない、自然の大の字。シンだ時は体が一番緩んでいるから、屍のポーズ=シャヴァーサナというわけですし」(石井先生)

横を向いて寝る実験をすると、上になるほうの体の自律神経が必ず興奮し、上側の体も汗をかく。半側発汗反射(はんそくはっかんはんしゃ)という現象だ。「汗を出して体温調節するので、汗が出る面積が広いほうがいいんです。腹ばいは胸を押さえ呼吸ができないのでリラックスしにくいでしょう」と石井先生。重力に身をまかせるシャヴァーサナの姿勢は関節も筋肉も緩む。体の緊張も取れるので、心臓の負担もなくなり、呼吸も楽にできる。いいことずくめの姿勢なのだ。

「人間が最も呼吸がしやすく、汗も出て、心臓もリラックスして血圧も安定する姿勢は、シャヴァーサナのスタイルしかないんです。すべての関節を緩め、すべての循環を負担のない状態にし、力を抜くといったら屍のポーズになる。人間が最期に行き着くポーズですよ」(石井先生)
 


 

起き上がる時は頭を最後に

 

「副交感神経優位になっているので、脳の血液が下に落ちてしまう。急に頭を上げると起立性調節障害(たちくらみ)や脳貧血を起こしてしまうので、頭は最後にゆっくりと起こします」と石井先生。「自律神経を自由に操れるのがヨガ。自律神経をコントロールできないヨガはヨガではない。だからシャヴァーサナのないヨガは、医学的にいうとヨガではないんです」。シャヴァーサナを終えた時に初めて、ヨガを完遂したことになるのだ。

 

内観の繰り返しによって生命の法則を学ぶ

 

ヨガのさまざまなポーズは、すべて”冥想”のためにあると語るのは、龍村修先生。

「冥想は昔から『観法』といって、ありのままに観ること。自然の法則、生命の法則を学ぶことです。そのためには、外側へ向いていた意識を内側に向けて観察していく(=内観)。体を材料として呼吸、気分、脈の三つを手がかりに、心と体、エネルギーと体、最終的には宇宙との関係などに気づいていく。重力にまかせて余計な力を使わずに、それができるシャヴァーサナでの内観は、比較的やさしい冥想の方法です」

シャヴァーサナは他のヨガのポーズと行うからこそ、内観、冥想となる。あるポーズに集中→シャヴァーサナで弛緩→また別のポーズ→シャヴァーサナ…の繰り返しによって、ポーズの前後での体や心の変化に気づける。

また、ポーズを通じて体のいろいろな部分のコリやゆがみ、呼吸のジャマをするものを取り除き、シャヴァーサナで体の力を抜いていけば、呼吸だけが残る。

肉体レベルで重力にゆだねると、次第に体の存在は消え、呼吸をしているというより、地球、宇宙全体と一緒に膨らんだり縮んだりする感覚になる。呼吸は私達を生かしている力の表れであり、神様の表れ。その力と一体化できる。アートマン、真我とも言われる全宇宙と、私達一人ひとりがもともとは一つなのだと感じられるでしょう」
 


 

真の冥想への長い道のり

 

龍村先生によると、宇宙との一体感は徐々に感じられるというよりも、ある時ハッと気づくもの。三次元的認識がなくなり、肉体から魂が離れたような感覚。そこには、色のついていない、純粋意識のみが存在している。

ポーズとシャヴァーサナでの内観を繰り返し、覚醒を深めていくうちに『そうか、昔から魂といったのはこういうことだったんだ』とわかる。純粋な意識は私にも宇宙にもあって、こちらにも働きかけているものだと気づくのです」

ところが、宇宙と一体だという感覚を得るだけでは真の冥想ではないと、龍村先生は話す。本当の冥想とは、自分の偏見に気づき、自然の法則としての”存在の構造”が見えてくること。

「私達はみんな知らず知らずのうちに、自分の価値観や欲求にとらわれ、偏った不平等な目で物事を見ている。ネイティブアメリカンなどの先住民は、古くから『六代先の孫が困らないか考えてから木を切れ』というが、それは今の自分の必要性に駆られて行動する前に、もっと意識を広げて想像しなさいということです」

ざわざわと波だった水面(心)には、ありのままの月は映らない。心や脳が落ち着いていて、”とらわれ”のない冥想状態でなければ、真実を見ることはできないものなのだ。

冥想がもたらす気づきのもう一つは、無意識の深さ。私達が普段、意識できているのは実はうわべのほんの一部分であり、その下にはあらゆる宇宙意識が存在する。人間も肉体レベルでは別々の個体でも、この無意識層ではつながっている。冥想で観察していくと意識は無意識層へおりていき、ここで誰かの意識が動くと、本人にそのつもりがなくても、他の人に影響を与えることがある。

「いろいろな気づきが多くなり、とらわれが少なくなる。誰にどんな質問を受けても、その人なりに適切な答えがちゃんと出る。あらゆる分野に通じることが自然にわかってくる。その人の生き方が変わる。それが冥想するということです」(龍村)

 

教話してくれた人=石井正則

いしいまさのり。医師。JCHO東京新宿メディカルセンター 耳鼻咽喉科診療部長。スタジオ・ヨギー公認インストラクター。

 

話してくれた人=龍村修

たつむらおさむ。龍村ヨガ研究所所長。NO法人沖ヨガ協会理事長。沖正弘氏の内弟子として世界10カ国以上で日本のヨガを普及。