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【呼吸①】ヨガは呼吸から! 呼吸のメカニズム「基本のキ」

偉大なる呼吸のパワー

 

「深い呼吸を意識しましょう」。ヨガをしている人にとってはこの言葉は日常茶飯事。なぜ呼吸が大切なのかなんて、もはや考えることがないくらい「呼吸は大事」という概念が染みついているのではないだろうか。しかし、ここではあえて考えたい。なぜ呼吸が大事なのか? 酸素を取り入れて二酸化炭素を排出する、その一見シンプルに見える呼吸の過程では、複雑な化学反応により、生命活動に必要なエネルギーが取り出されている。つまり酸素自体がエネルギーになるわけではなく、栄養素から効率的にエネルギーを抽出するために酸素が必要なのだ。

一般的に呼吸というと、この酸素を使った「好気呼吸(こうきこきゅう)」のことを指す。好気呼吸の他に、「嫌気呼吸(けんきこきゅう)」と呼ばれる、酸素を使わずにエネルギーを取り出す方法もある。

そもそも人類が現れる前の原始地球では、酸化のイメージから連想されるように、酸素は生物にとって毒でしかなかった。当時の生物達は嫌気呼吸のみでエネルギーを取り出していたが、嫌気呼吸はとても効率が悪いエネルギー抽出方法で、生物が自由に陸上を歩き回るためのエネルギーを供給することは到底できなかった。

その状況を一変させたのがミトコンドリア。ミトコンドリアによって、はるかに効率のいい好気呼吸が可能になったことで、今日の生命の営みがあるといっても過言ではない。つまり生物の長い歴史から見ても好気呼吸を正常に機能させることは、私達の活動をよりよいものにするのに重要なのだ。ここからは、さまざまな角度から呼吸を徹底解剖していく。

 

ガス交換の現場、胸部をクローズアップ

 

約60兆個の細胞から成る人体。それらの細胞のほとんどは、皮膚に包まれていて空気には直接接していない。この状態で細胞に酸素を届けることを可能にしているのが、呼吸器だ。呼吸器には、ガス交換が行われる肺の他、空気の通り道である鼻腔、咽頭、喉頭、気管、気管支などの気道も含まれる。ここでは、呼吸器の中で呼吸の中心となる肺と、それを守る胸部の構造を見ていこう。

肺は、成人で右500〜600g、左で400〜500gに達する、体の中でも大きな器官の一つ。心臓がやや左側にあるため、左肺のほうが少し小さいのが特徴だ。横隔膜にのるように位置し、最上部は鎖骨より2〜3㎝上にまで及んでいる。深く息を吸おうとする時、お腹や胸にたっぷりと空気を入れようと意識する人が多いが、鎖骨まで意識を向けて肺全体をしっかりと使いたい。

肺の入り口は肺門と呼ばれ、気管支や血管、リンパ管、神経が多数出入りしている。気管支は直径約2cm、長さ10cmの管状で、左右に分岐し、それぞれ右主気管支、左主気管支となる。そして主気管支が分岐を繰り返し、最終的に、肺胞という直径約0.2mmの袋状の球体が、主気管支の末端に無数に集まり肺を形成している。肺胞それぞれの表面には毛細血管が網目のように張り巡らされ、ここで酸素と二酸化炭素のガス交換が行われている。肺胞の一つひとつはとても小さな袋だが、広げた合計の表面積は約60〜70m²。表面積を広げる袋構造が、効率的なガス交換を行えるようにしている。

肺は胸郭によって支えられる胸壁という膜に包まれていて、その内側を胸腔という。胸壁を支え、臓器を守っている胸郭は、肋骨、肋軟骨、胸骨、胸椎からなるカゴ状の骨格。左右1本ずつ第1肋骨から第12肋骨まで、それぞれがペアになり胸腔を包むように湾曲している。肋骨の前端で肋軟骨という軟骨に変わり、第10肋骨までは、この軟骨部分で胸の前面にある胸骨につながっている。しかし、第11、12肋骨は胸骨に接続せず、遊離肋骨ともいわれる特徴的な構造だ。

胸骨は、前胸部の中央を縦に走行する骨で、胸骨柄(きょうこつへい)、胸骨体、剣状突起の3部分から成る。胸骨柄には、鎖骨と第1肋骨が関節(胸鎖関節)を作っている。また、胸骨柄と胸骨体の接合部は緩く盛り上がっているので、体表から簡単に触知でき、そのまま左右にズラしていくと第2肋骨がある。目に見えない骨格をイメージするのはなかなか難しいが、実際に触ってみることで、構造をイメージしやすくなるはず。ポーズも呼吸も、効かせたいところをイメージすることはとても効果的だ。呼吸の基本、胸部の構造はきちんと確認し、深い呼吸につなげよう。

 

呼吸筋が大切なワケ

 

心臓や肝臓、腎臓など複数ある他の臓器と比較して、肺だけが持つ特徴は何だろうか?   それは自分の意思でコントロールすることが可能という点だ。心臓の鼓動は意識しても止めることはできないが、肺に関しては、深く吸おうと思えば吸えるし、息を止めようと思えば止められる。

このような意識的な呼吸が成立するのは、私達が自ら動かせる随意筋によって肺が動かされているからだ。呼吸における空気の出し入れは、肺が自ら空気を取り入れて膨らみ、縮むことで空気が外に出るわけではない。意外に思う人もいるかもしれないが、肺は自力で形を変えることができず、筋肉の助けを借りて換気を行っている。ここでは、肺での換気の仕組みと、それを支える呼吸筋の動きを徹底解剖していこう。

 

呼吸ができるのは筋肉のおかげ

 

下の図は筋肉による胸郭の容積変化によって、換気が行われる仕組みを説明している。吸気では、横隔膜と吸息筋の収縮で胸郭の容積が拡大し、内部の圧力が低下することで外から空気が入り、肺が膨らむ。一方、呼気では、横隔膜と胸郭が元に戻り内部の圧力が上がることで、空気が外に押し出されて肺が元に戻る。

 

筋肉の基本原理

 

筋肉の動きには基本原理があり、ポイントは「起始」と「停止」と呼ばれる筋肉の付属部。ざっくりいうと、起始は「あまり動かないほう」、対して停止は「動きが大きいほう」。筋肉が収縮する時、停止部が来支部に向かって動くイメージだ。つまり起始と停止がわかれば、筋肉の収縮方向と、それによってもたらされる体の変化が理解できる。ここでは肋間筋を例にとって、その動きを確認していこう。

■内肋間筋

吸気で使われる外肋間筋の停止は各肋骨下縁、起始はその一つ下の肋骨上縁。各肋骨の下縁が一つ下の肋骨の上縁に引き寄せられるので、全体として肋骨が引き下げられる。

■外肋間筋

吸気で使われるドと肋間筋の停止は各肋骨上縁、起始はその一つ上の肋骨下縁。つまり各肋骨の上縁が一つ上の肋骨の下縁に引き寄せられるので、全体としては肋骨が持ち上げられる。

 

【呼吸筋/吸息筋】

メイン

■横隔膜

起始:第7〜12肋軟骨、剣状突起、第1〜3腰椎  停止:中心腱(中心部分)
横隔膜は上に凸状のドーム型をしているが、収縮すると中心が下に引っ張られて平坦になり、胸腔が拡がる。

■外肋間筋

起始:各肋骨の下縁  停止:各肋骨の上縁
横隔膜と同様に、胸腔の容積を広げるメインの筋肉。収縮すると肋骨全体が持ち上げられて胸郭を広げ、空気が流入する。

 

補助

■胸鎖乳突筋

起始:側頭骨乳様突起  停止:鎖骨、胸骨柄
起始、停止からわかるようにメインは頭を傾ける動作だが、頭部を固定している時は、鎖骨と胸骨を引き上げることで吸気を助ける。

■斜角筋

起始:第3〜7頸椎  停止:第1、2肋骨
斜角筋には全中後の3種類があり、後斜角筋のみ第2肋骨が低支部。肋骨を上に引っ張ることで胸鎖乳突筋と同様に吸気を助ける。

 

【呼吸筋/呼息筋】

メイン
通常の自然呼吸では、横隔膜、外肋間筋の弛緩と、胸郭と肺の弾力性による受動的な反応。吸息筋が弛緩すると胸郭が元の大きさに戻り、胸郭の圧力が高まる。それによって肺が受動的に収縮して空気が外に押し出される。

 
補助

■内腹斜筋

起始:そけい部、腸骨  停止:第10〜12肋骨、腹直筋鞘(ふくちょくきんしょう/腹直筋を包む膜)
意識的呼息筋に使われ、肋骨を引き下げる。また腹圧を高めて胸腔内を縮小する。

■外腹斜筋

起始:第5〜12肋骨  停止:恥骨、腸骨、腹直筋鞘
肋骨を引き下げるように機能する。腹圧を高めて横隔膜を持ち上げ、胸腔内の容積を縮小して呼気を促す。

■内肋間筋

起始:各肋骨の上縁  停止:各肋骨の下縁
呼息補助筋の中でメインの筋肉。外肋間筋とは反対に、収縮すると胸郭全体を小さくし、空気を外に押し出す。

■腹直筋

起始:恥骨  停止:第5〜7肋軟骨
腹斜筋と同様に肋骨を引き下げつつ、腹圧を高めて横隔膜を持ち上げ、胸腔内の容積を小さくする。骨盤底筋と横隔膜の連動性を生む。

■腹横筋

起始:第7〜12肋軟骨、そけい部、腸骨  停止:腹直筋、恥骨
腹腔を形成するインナーコアユニットの一つで、腹圧を高めることで横隔膜を押し上げる。

 

 

呼吸と姿勢は表裏一体

 

背中が丸まっている時の呼吸、腰が反っている時の呼吸はそれぞれどんな感覚だろうか? おそらく、背中が丸い時は吸いにくく、腰が反っている時は吐きにくいのではないかと思う。それほど、呼吸と姿勢の関係は密接で、深く呼吸しようとすれば自然と姿勢がよくなるし、姿勢を整えれば、自然と呼吸がしやすくなる。姿勢にかかわる筋肉と、呼吸を支える筋肉の関係を見れば、これは ごく自然なことで、健康な体を維持するためには、両者が協調してバランスよく働くことが重要なのだ。

ヒトの特徴である直立二足歩行は、地面に接している面が少ない上に、頭が重く、重心が高い不安定な構造。その不安定な体を維持しているのが抗重力筋。力学的には前に倒れてしまう構造の骨格を、抗重力筋が後ろから引っ張るように機能することで、姿勢を維持しているのだ。

抗重力筋の代表的なものは、下の図に示した脊柱起立筋、腹筋群、腸腰筋(大腰 筋と腸骨筋の総称)、大臀筋、下肢部の筋肉群。ここで思い出してほしいのが呼息筋だ。呼息時に使われる筋肉は腹横筋、腹直筋、内外腹斜筋といった腹筋群が多く含まれ、それらは肋骨に接続を持ちつつ、抗重力筋としても機能している。つまり、深い呼吸で呼息筋をしっかり使うことは、自動的に姿勢を維持する筋肉を多く使うことになるのだ。

一方、呼吸の最重要筋と言える横隔膜には、正しい姿勢を維持する上で欠かせない、二つの大きな特徴がある。まず一つ目は下半身の抗重力筋とのつながりだ。横隔膜は靭帯や 筋膜を介して大腰筋につながっている。大腰筋は太モモにある大腿骨にも付着部を持ち、横隔膜と下肢部の抗重力筋との連動性を生み出す。

二つ目は、横隔膜と腹横筋、多裂筋、骨盤底筋とのつながり。これら四つの筋肉は、インナーユニットと呼ばれ腹腔を形成する。腹腔の圧力、腹腔内圧(以下、腹圧)は横隔膜の収縮によって高まり、高まった圧力を逃さないように機能しているのが他の三つの筋肉だ。腹圧を高めることは、脊柱の安定性を生み出し、姿勢維持に欠かせない要素。正しい姿勢で深い呼吸をすることで、インナー ユニットの機能を高め、腹圧を適切に維持できる体を作りたい。

 

呼吸と連動する全身の筋肉

 

【腹腔を作るインナーユニット】

■横隔膜

腹腔上部の構成要素で、呼吸の主動筋。横隔膜が上下に移動することで、腹腔や胸腔の圧力の変化が起き、呼吸が成立する。

■腹横筋

腹部を包み、体幹部を安定させるコルセットのような筋肉。呼息筋でありながらも、姿勢維持に欠かせない抗重力筋の一つ。

■多裂筋

脊柱起立筋のさらに深層部にあり、第2頸椎から仙骨まで延びる背部の筋肉で、脊柱の正しい姿勢を維持する。腹腔の構成要素。

■骨盤底筋

骨盤の底に位置する筋肉の総称で、骨盤内にある子宮や膀胱などの臓器を正しい位置に保つ。腹腔の底面の構成要素。

 
【姿勢維持に重要な抗重力筋】

■脊柱起立筋

棘筋、最長筋、長肋筋、三つの筋肉の総称で、骨盤から頭部まで続く最も長い筋肉。脊柱の伸展(反らせる)を保つ役割を担う。

■腸腰筋

大腰筋、小腰筋、腸骨筋の総称。歩く時に太モモを持ち上げる重要、かつ強大な筋肉。大腰筋には脊柱を安定させる効果もある。

■大臀筋

姿勢維持だけでなく、走る、階段を上がるなど、より強度の高い動作でも体を支える大きな筋肉。衰えると骨盤前傾を招く。

■大腿四頭筋

外側広筋、内側広筋、中間広筋、大腿直筋からなる筋肉で、ヒザと骨盤をつなぐ。硬くなると骨盤が前に引っ張られて骨盤前傾に。

■ハムストリング

太モモの背面にあり、大腿二頭筋、半腱様筋、半幕様筋の三つの筋肉で構成される。硬くなると骨盤後傾を招き、猫背の原因にも。

■前脛骨筋

ヒザ下から脚の前面を通り、足裏まで伸びる筋肉。足首の動きや、足裏のアーチの形成に関係し、歩行時の衝撃を吸収する。

■下腿三頭筋

腓腹筋とヒラメ筋の総称で、ふくらはぎを形成する。特にヒラメ筋が姿勢の維持や、下半身の安定にかかわっている。

 

下半身とのつながりを生む横隔膜脚

 

横隔膜は胸骨、肋骨、腰椎に付着部を持ち、第1〜3腰椎(個人差あり)の付着部を横隔膜脚(おうかくまくきゃく)と呼ぶ。横隔膜脚は、同様に上部腰椎に付着する腰方形筋、大腰筋といった筋肉と、靭帯や筋膜を通して物理的につながっている。そのため互いの活性状態の影響を受ける。大腰筋は太モモの大腿骨にも接着し、下半身の動きの変化はこの大腰筋を介して、腰椎、ひいては脊柱全体に伝えられる。したがって下半身の動きが悪く、大腰筋が硬くなると、脊柱の動きに制限がかかり、腰椎に付着している横隔膜も動きを制限される。逆に横隔膜をしっかり動かすことは、大腰筋の柔軟性にもつながり、下半身の筋肉を活性し、姿勢維持に効果を発揮するということだ。

 

腹腔をつくる筋肉の連動性

 

横隔膜、腹横筋、多裂筋、骨盤底筋によって形成される腹腔。その内部の圧力、腹圧は脊柱を安定させる効果があり、適切な姿勢で腹圧を利用できれば、抗重力筋の過度な疲弊、腰部への負担を軽減できる。呼吸によって横隔膜が収縮すると腹部の内圧は高まり、それを逃さないように他の三つの筋肉が協調して収縮する(腹横筋は遠心性収縮)。特に腹横筋は、呼息筋、抗重力筋として機能しつつ、肋骨と恥骨に付着して横隔膜と骨盤底筋をつなぐ。腹横筋が弱く、 反り腰や猫背だと、腹腔の屋根と床である横隔膜と骨盤底筋がうまく連動できず腹圧が弱くなってしまう。姿勢改善のためにも、深い呼吸で腹圧に関連する筋肉を普段から使うように意識したい。

 

出展:『Yogini』Vol.80